新垣

罪人の記

窓を閉めようとカーテンの向こうを除いた。

すると夜景がいつもよりも輝いて見えた。

私は急いでいた手を止めて、ゆっくりと余韻に浸っていた。

綺麗だと感じ、様々な思いや思想が私の脳裏をよぎっていった。

切なくなったり寂しくなったり。

唯、私は立ち止まり、夜景を眺めていた。

途中、冷たい風が私を通り抜け、俳優になった気さえした。

私はマッチ箱を握りしめて、ベランダへ向かう。

マッチ棒を取り出し、思い切り手を引いた。

火がついて、激しく燃えた。

でも勢いは長くは続かず、私の前に儚さだけが残った。

私はそれでは足りずと、もう一度火をつけた。

すると火は、勢いよく消えた。

私は再び、夜景に目を向ける。

近くで車が止まったようだ。

私はなんとも言えないような気分に陥り、また夜景を眺める。

暖かかった。

それだけ。

私は部屋に戻り、窓を閉めた。

11時を回ったばかりだった。

新垣とギター

私はギターが好きだ。中学二年生のはじめから練習している。始めるた理由は、ジョージハリスンとベンラップスに影響されたからだ。ひたすら練習を続けてきた。ギター教室にも通っている。最近は体育祭の練習も重なって疲れが体にくるが、頑張っている。私はエレキもアコースティックもクラシックも好きだ。ギターが好きだ。しかしまだ、私にも分からない事が沢山ある。技術も知識も磨いていきたいと思っているこの頃だ。皆はギターを好きだろうか?

 

最近、私はギターに対する考えが、変わってきていると思う。今の考えを説明すると、ギターはいてもいなくてもいいポディションだが、ギターの存在により、そのバンドの印象を決定付ける存在だと認識している。焼きそばでいう紅生姜の様なものだと思ってくれていい。紅生姜が無くても、焼きそばとしての存在は成り立つ。しかし、紅生姜の登場により、相手に「これだよ、これ」と首を縦に振らす事も出来る。飛び道具の役目を果たす物だと思う。

 

ギターソロは、ギタリストの特徴を存分に堪能できるパートの一つだ。曲を壊すギターソロ。曲を壊さないギターソロ。どちらも好きだ。ブライアンメイの様な曲を壊さず、見事と言わせるギターソロや、曲という一つの存在から逸脱するロイブキャナンの様なギターソロ。どちらも好きだ。双方とも私に刺激と感動を与える。荒々しく弾くのも、静かに演奏するのも、素晴らしい。ジャンルを問わず。無論、好みはある。

 

ギターのトーンや、ピッキング、機材や運指などにこだわる事もギタリストの義務だろう。エレキギターを始めて買った時、私は音を、チャキチャキなる様にセッティングしていた。初心者なら一度やる過ちだ。最近の私はウーマントーンが好きで、その様なトーンは有り得ない。ピッキングノイズも耳が拒むから今現在気をつけている。機材はまだこだわっていないが、金を稼いでこだわりを持ちたい。最高の音を目指して。

 

 

新垣と一つの答え

 

私の考え出した結論がある。創作をするに至って、論理的かつ、伝えたい的を確実に決める事だが、創作は、理屈を当てはめてしまえば、それが公式になってしまう、とても面白い性質がある。その公式を的に当てて、共有する事が、創作の面白いところだと思った。もちろん、それらを踏まえながら創作活動をするのは、とても新鮮で面白いと思う。共有した時、どんな感情が共有されるのか、そんな事を妄想しながら創作をした事があっただろうか。私はこれを、自分自身から編み出した一つの答えだと認識している。理屈からなる公式。それをいかに共有させるのか。リアルに見せるのも、逆に非現実的なロマンチックな仕上げにしても良い。理屈一つで、公式が何十、何百と生み出される。創作は、作品だけではなく、それらを構成する理屈や、家庭なども創作の一つだろう。

話は変わる。外も少し涼しく感じる気温になり、私は噴水の前で佇んでいる。心を癒し、穏やかにさせる。その時のアイディアを忘れない様に慎重になりながら癒す。かえって疲れるだろうと思うが、これもまた楽しい。創作は、なんでも有り。創作における過程で、美しく感じたことはあるだろうか。例を挙げるなら歌。この歌はどんな状況になって創った。なんて発言したら、大衆は、「言葉に重みがある」や、「ロマンチックな出来事だ」と思うだろう。逆もありえる。鼻くそほじって創ったモノが自身を代表するモノになったことは、ないだろうか。私はある。友達をからかう為に創った小曲が、友達の一部から、学級、さらにはそれをはみ出す勢いで、広まり、たちまちその友達に大きな恥をかかせた事がある。このブログで伝えたい事をまとめると、創作をするに至って、一つ自身の答えを持つことは、とても力強くなれるということだ。

 

新垣と様々なアイディア

たった今トイレの中、腹を壊して悲鳴をあげている。私のアイディアは、主にそんな時や、風呂に入ってる時などに思い浮かぶ

 

最近は、それらを瞬時にスマホなんかでメモを取るようにしている。忘れないように。便利になったものだよねほんとに。

 

ここで一つ話を変えるとする。私は最近、フィリップセイスという名のミュージシャンにハマっている。SRVのギターをもっと荒々しくしたギタリストだが、これにオルタナティブロックを混ぜた仕上げの音楽は、とても刺激的で、私の心にとても残る。私は最近、ブルース音楽と、最近のミュージシャンの曲を聴くのが好きだ。昔からの知恵を活かし、新しい何かを創るというのは、とても重要な事だと改めて思った。昔からの知恵を現代的な解釈で、新鮮に見せる。これが、今の音楽業界に、、いや、それらは昔からそうだった。時代により解釈やお洒落などといったコンテンツにより一層敏感になるべきだと思う。クールジャパンを売りにしている日本だが、次はどんなジャンルが流行るのか。一手、二手と裏を読んで創作する。予知は、一種の刺激だろう。私のやりたい音楽をその次世代の流行に焦点を合わせる。五十年後の音楽をやろうだなんて言わない。が、私達創作家を志す者達は、少なくとも、二、三年後の予知だけでは、食っていけるのかどうか、それが危うくなる。最も、創作にその様な思想を持たない方が、気楽で自身を表現できるのだろう。

 

様々なモノを吸収し、自身を創っていく。これは音楽だけではない。ソレ一つだけで創作をすると、ステレオタイプのつまらない創作になってしまう。個性を表現しようとするならば、未知なるモノを、吸収して、自身のモノにする必要が絶対条件だと感じる。昔あった実例を挙げると、ロックというジャンルに、ラテン音楽や、レゲエといった音楽を取り入れ、有名になったサンタナというギタリストや、the policeというバンドがある。彼らは歴史に残るミュージシャンだ。今現在にも、その様な斬新な発想が必要である。これは昔から変わってはいない。

 

私達は、自身の守備範囲を広げて、自己流に解釈させ、現代にウケる表現にする、マーケティングなどといった正直面倒くさい事も身につけなければいけない。偶々、自身の創作が現代にウケる表現だったとしたらそれはラッキーな創作家だったに違いない。創作のソレを楽しむか苦に感じるかは人々の勝手だろう。

新垣の好きな俳優

外は雨が降っていて、潤っています。

体育祭も雨と涙で潤って欲しいこの頃です。

私の好きな俳優の名前を挙げていきます。

・スティーブ マックイーン

・マッツ ミケルセン

・ジョニー デップ

・ダニエル  クレイグ

大泉洋

以上です。新垣でした。

輝き

闇夜の中で輝くその瞳の

一瞬の間輝いたその火花

僕の心もそれくらい眩しく

輝けたらなと羨む午前1時

星空が輝いて見える窓辺の辺り

悔しい思いは誰かに見せはしない

でも心は脆くて弱く情けないよ

闇夜の中、道化達は笑顔を絶やさず

切ない表情心の中へと押し込んでく

闇夜の中、道化達は笑顔を絶やさず

それでも心は傷だらけ、涙浮かべて

君は僕に何をするの?

君も僕を傷つけるの?

僕は唯絶望し、立ち尽くすだけ

僕は唯全うし終えて、火を消した