新垣

罪人の記

新垣とそれらの変化

これはなんて言い表すべきなのか。言葉では説明しづらいのだが、私は今まで「前のように音楽に興味と情熱を持てなくなった」ものだと思ってた。しかし、それは違った。私は今まで通りの当たり前な日々に退屈していたのだ。変化もしない。ただひたすら同じようにして繰り返す。同じ飯を食べ同じ曲を聴き同じ漫画を読み同じ友だちと絡む。私は今までと変わらない『同じ』モノに苦しめられている。

 

 

twitterのフォロワーなら分かると思うが、ここ最近、私のツイート内容が前のアカウントと変わらなくなっている。丁度「刺激が欲しい」や、「満足できない」といったツイートである。それらにまた、成りつつある。それは不幸だと思う。が、改善することは難しい。改善するよう取り組む事は簡単なのに。何故なら、行動するなら日頃の習慣を変えれば良い。しかし問題はそれらを繰り返すと、また満足できなくなってしまうからだ。連鎖が続くのなら、挑戦する価値はなくなってしまう。一瞬の幸せを掴むために長年の苦痛を味わうのは余りにも哀しいと思う。

 

 

人生の意味は変化であり、それらを楽しみ、後悔する。今の時期が後悔ならば、今後の快楽は約束されているのだろうか。人間、不安になれば束縛され、苦しみ嘆く。それは理解してるが私を含めた俗人にそうするなと言えるものは数少ない。それに言えるものは私達にそのような事は言わないだろう。悩み、成長するのならば、別の何かで悩みたかったと私は思ってる。