新垣

罪人の記

新垣の誤り

時が今も刻々と過ぎ去っていく中で、お前はどれほどの暇を持て余したことだろうか。お前はスタートラインに立っていることも忘れ食っては寝て。誰も教えてくれなかったのだ。お前は慌てて足を踏み入れ何を追うのか。お前はもう追われてる。

 

 

 

私はいつから分岐点を誤ったのか。もっと上手くいけていた気がする。いや、それもこれまで膨れ上がった傲慢な態度が見せる幻覚かもしれない。これは夢であろうか。それは無い筈だ。痛みを感じる。幻覚が見せるものには痛みがあった。笑われるように冷たく、睨まれるように刺さってくる。不器用なモノ、なら笑い者になる。恥、とはよく言ったものだ。私を表している、などと過剰に敏感になってしまった。

 

 

他人を認めても他人が認めるものでは無い。人格が人格なのか、表面だけで満足してるのか。とても寂しくもなる。民主主義の世界は過ごしやすい日々を送れる筈だが、応用して残酷な表現で人を刺す愚か者が捻り曲げた世界で、私は嘆くことしかできない。そこに、協調というものがあっても、人は完全には理解できないものだ。人脈を広げれば、それに伴いそれの罪が罰せられる。逆もそうだ。人はそう上手くは出来ていない。

 

人を全て認めるのは不可能に近い。人は矛盾に矛盾を被せている理屈を持っている。それを全て認めることは他人を同情しているのではなく、自分の主義を貫き通す、という言い方に近くなるからだ。最も、この言葉に意味のないものなら、この話は終わりだと理解して、退場願いたい。