新垣

罪人の記

新垣と長期休暇

やっと貰えた長期休暇。とても満足しているかと思えばそうでもない。何故なら不愉快だからだ。多々あったストレスとプレッシャーのおかげで疲労やダメージは日々蓄積されている。今も頭から不愉快な感じを覚えてるし、体内時計が狂って眠ろうにも眠れない。おまけに何をしても満たされないというとても最悪な状態に陥っており、ものを考えようにも唯不愉快な気分で害して、放り投げるのがオチであろう。とにかく、喜んで長期休暇を楽しめそうにもないスタートを切った。

 

何をするにも多大なヤル気が必要だし、なくても途中で物足りないことに気づいては、すぐに辞めてしまう。これが今の私の現状である。とてもマズイ。長期休暇というありがたい休暇をもらったにも関わらず、このままの調子で生活していくと、とてもじゃないが、やっていけないと判断したからだ。生きがいと刺激を見つけないと、badendで幕を閉じてしまう。私にはそれがお似合いだろうか。私からは断っておきたいところだ。

 

最近、端末の調子がおかしく、今まで多めに見ていたものの、とてもじゃないが我慢ならんくらい調子が悪い。いっそのことぶち壊してやろうとも思ったが私にそれができるのだろうか。

私のこのなんとも言いようのない不愉快な感じの正体は一体なんなのだろうか。謎は深まり、後世の歴史家たちが頭を抱えているだろう。

友達と会って遊ぼうにもあの別の不愉快な感じがまた私を襲うのだろう。あれ以来友達と遊ぶのは遠慮しているが、私の中途半端な心がもたらすあの寂しさはどう誤魔化すのだろうか。

 

人は自分自身を完全に理解するのは不可能で、故に他人を理解するなど確実にあり得ない。これは私が中学3年生で丁度今の時期に考え出した結論である。今、その結論に我ながら頭を縦に振ることしかできない。今の自分自身を全く理解できず、他人に協調する気配が全くない。これだから友達と上手くいかないのは分かるが、それを解決させようにも、私は何もできないのだ。唯突っ立っては不愉快な感じに飲み込まれ、苛立ち、後悔し、嘆き悲しむのだろう。あとそれがどれ程続くのか、私には分からない。

 

私の居場所はどこにも無い、と思ってしまう時が多々ある。気になるあの子は誰かの何かであったり、僕の好きな場所は、私を望んではいなかったり、不幸な生活を送っていると感じる。

今現在、落ち着きをなくし、今にでも私の元から全てなくなるのでは無いかと考えると、あの不愉快な感じが増していき、私を押し殺していくのだろう。自身で考えたものは呆気なく終わり、流されるままに身を任せると、不幸になる。とても生きるのが不器用だと我ながら感じてしまう。

 

私は同情を求めているのか。それとも励ましの言葉を求めているのか。甘えたがっているのか。助言を欲しているのか。とてもじゃないが結論が出ない。それらじゃ無いのか。あるいはそれら全てなのか。私は、今後どうやって生きていけば満足して、後世の者たちに笑顔を見せることができるのだろうか。あるいはそれらはそれを望まないのだろうか。後世の歴史家たちがそれをどう記述したのか気になって仕方がない。最も、私は歴史家たちが取り上げてくれる存在なのか否か。真相は闇の彼方へと。