新垣

罪人の記

新垣と一つの答え

 

私の考え出した結論がある。創作をするに至って、論理的かつ、伝えたい的を確実に決める事だが、創作は、理屈を当てはめてしまえば、それが公式になってしまう、とても面白い性質がある。その公式を的に当てて、共有する事が、創作の面白いところだと思った。もちろん、それらを踏まえながら創作活動をするのは、とても新鮮で面白いと思う。共有した時、どんな感情が共有されるのか、そんな事を妄想しながら創作をした事があっただろうか。私はこれを、自分自身から編み出した一つの答えだと認識している。理屈からなる公式。それをいかに共有させるのか。リアルに見せるのも、逆に非現実的なロマンチックな仕上げにしても良い。理屈一つで、公式が何十、何百と生み出される。創作は、作品だけではなく、それらを構成する理屈や、家庭なども創作の一つだろう。

話は変わる。外も少し涼しく感じる気温になり、私は噴水の前で佇んでいる。心を癒し、穏やかにさせる。その時のアイディアを忘れない様に慎重になりながら癒す。かえって疲れるだろうと思うが、これもまた楽しい。創作は、なんでも有り。創作における過程で、美しく感じたことはあるだろうか。例を挙げるなら歌。この歌はどんな状況になって創った。なんて発言したら、大衆は、「言葉に重みがある」や、「ロマンチックな出来事だ」と思うだろう。逆もありえる。鼻くそほじって創ったモノが自身を代表するモノになったことは、ないだろうか。私はある。友達をからかう為に創った小曲が、友達の一部から、学級、さらにはそれをはみ出す勢いで、広まり、たちまちその友達に大きな恥をかかせた事がある。このブログで伝えたい事をまとめると、創作をするに至って、一つ自身の答えを持つことは、とても力強くなれるということだ。